【第4回】伊藤みろ発 メディア=アート+メッセージ No.2:11月9日に思う ストラスブールからの手紙

写真:欧州評議会・会議場前ロビーでの展示の様子(左は春日大社舞楽面、右は東大寺伎楽面、撮影協力:東大寺・春日大社・奈良国立博物館) Text & Photo by Miro Ito, Media Art League. All Rights Reserved.

 

11月9日は、アメリカにとって、9.11以来の衝撃の日となったといえるかもしれません。

9日の現地時間深夜、アメリカの新大統領が選ばれましたが、私はストラブールの欧州評議会(The Council of Europe)において「日本オブザーバー20周年記念」式典で、展覧会「光と希望のみち (Road of Light and Hope)」を開催させていただく栄誉に恵まれました。

式典では、清水信介・ストラスブール総領事(欧州評議会常駐オブザーバー大使)とトールビョルン ヤーグラン(Thorbjørn Jagland)欧州評議会事務総長が、この20年間の日本がオブザーバーとして果たした欧州評議会における功績を述べられました。もとより欧州評議会は「人権、民主主義、法の支配の分野で国際社会の 基準策定を主導する国際機関」(外務省ホームページより)であり、ロシアを含む47カ国が参加しています。続いて、私もスピーチをさせていただく機会を頂戴いたしました。折から欧州評議会では、デモクラシーについての国際大会が開かれており、各国の大使や使節の方々が多数訪れてくださいました。

思えば27年前の11月9日は、東ベルリンで壁の崩壊を体験した日でした。ベルリンの壁の崩壊は、東欧諸国の民主化の引き金となり、ソ連の崩壊をもたらしました。以来、この27年間は「民主化」がこれまでの時代のキーワードだったといえるかもしれません。

 

クリスタルナハト

いっぽうそれよりも半世紀前の1938年の11月9日は、ドイツでは「クリスタルナハト(Kristallnacht – Night of Crystal)」といわれる悪夢の夜でした。ナチス政権によって、第三帝国内の267のシナゴーグが燃やされ、ユダヤ人所有の7500もの商業施設が破壊されたのです。3万人ものユダヤ人が拘束され、収容所に送られました。その多くは、国外への移民を条件に釈放されましたが、この事件を契機に、ナチ政権による反ユダヤ政策が強化されることになりました。(※)
同じような憎悪や敵愾心による蛮行や悲劇は、現代でも局地的に行われているわけですが、それから78年後の2016年の11月9日は、ともすれば時代が逆行しかねない危惧を世界中に撒き散らす夜明けとなりました。(※United States Holocaust Memorial Museum – https://www.ushmm.org/wlc/en/article.php?ModuleId=10005201を参照)

 

華厳の教えに学ぶー重々無尽法界縁起

さて、5月にNY国連本部でスタートして以来、世界巡回展となった展覧会「光と希望のみち」におきまして、私が訴えていることの一つは「すべてはつながっている」ということです。

東大寺大仏建立の大元にある華厳の教えには、「重々無尽法界縁起(じゅうじゅうむじんほっかいえんぎ)」という真理があります。人も世界も宇宙も、果てしなく重なり合い、繋がっているご縁で成り立っていることが説かれています。幾重にもご縁が連なり、重なり合う包括的な生命観は、複雑な枝状の広がりを持って他の神経細胞とつながる、脳のニューロンネットワークと酷似しています。

私たちの脳は、「重々無尽」の情報処理と伝達を担うニューロンを駆使して思考をしているわけですが、いまや脳の働きが人工知能に置き換えられようとしています。ただしどんなに人工知能が進化しようとも、心を宿しているわけではありません。人工知能が乗り越えられないのが心の領域であり、心こそが人間存在の根幹といえます。すなわち「心がすべて」であり、これが二つ目の華厳の教えで「唯心」といわれるものです。

 

●心において分断を乗り越える

唯心とは、心こそが生きる基本そのものであるということです。ただしここでいう「心」とは「心が冷たい」「心がこもらない」などのように、日常的に使う「心」のことではありません。蒸留水のように澄んでいて、欲の垢にまみれていない純粋な心のことをいいます。

心を磨くとき、こうした澄んだ心の領域において、他のいのちへの愛や感謝、尊敬が芽生えてくるのではないでしょうか。そこから排他性や敵対心を乗り越えて、寛容や連帯を育てていけるのではないでしょうか。

そしてすべてが果てしなく重なり合う互いの関係性に気づくとき、おのおのがかけがえのないいのちの華であることも見えてくるはずです。それが華厳の教えであり、大仏さまの教えの本質といえるでしょう。それがまさに「光と希望のみち」プロジェクトで訴えかけていきたいことに他なりません。

 

●皆がかけがえのない華

ちょうど先月の10月14日から24日までは、ソ連崩壊後に民主化をしたウズベキスタンを訪れました。ウズベキスタン芸術アカデミーの招待により、同アカデミー内の文化施設「平山郁夫国際文化キャラバンサライ」にて、日本カメラ財団のご支援のもと、「光と希望のみちーシルクロードが’紡ぐ 悠久のコスモポリタニズム」を開催しました。

ウズベキスタンは、シルクロードの交差点であり、文明の十字路といわれる場所です。そこでは、数千年の時をかけて、数多の人種や民族、宗教や民俗が混ざり合った結果、十人十色の人種のるつぼの感がありました。さまざまな顔や肌の色、背丈や骨格の人々がみな対等に暮らしている様子からは、まさにコスモポリタニズムの真髄である、「それぞれがかけがえのないいのち華」であることが見えた思いがしました。

こうした「重々無尽の縁起」や「唯心」「誰もがかけがえのない華」であることを、展覧会「光と希望のみち」では、東大寺の大仏さまや戒壇院四天王像、日光月光像、伎楽面ほか、春日大社の舞楽面などの写真作品を通して、訴えかけていきたいと思います。

まさにいまこそ分断ではなく連帯を、差別ではなく寛容を訴えていかなければならない時代となりました。ベルリンの壁崩壊以来27年の時を経た11月9日は、「西側民主主義モデルへの挑戦」(ファイナンシャル・タイムズ紙)となりました。民主化への27年の道のりの終わらせてはならず、ましてや、80年近く前の暗黒の時代へは、決して後戻りをしてはいけない、と強く思った日でした。

 

ストラスブールでの展覧会は、18日まで欧州評議会・会議場ロビーで展示された後、ヨーロッパの広場パビリオン(lieu d’Europe -exhibition pavillion)で19日より12月16日まで開催されます。フランスとドイツのかつての紛争の場所であり、第二次大戦後は、両国のつながりの場所となったストラスブールで、平城京の至宝が伝える「悠久のコスモポリタニズム」がヨーロッパの人々の心を癒してくれることを願う次第です。

伊藤みろ メディアアートリーグ

Text & Photo by Miro Ito, Media Art League. All Rights Reserved.

写真:欧州評議会・会議場前ロビーでの展示の様子(左は春日大社舞楽面、右は東大寺伎楽面、撮影協力:東大寺・春日大社・奈良国立博物館)

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